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東京高等裁判所 昭和27年(ラ)137号 決定 1952年8月29日

抗告人 相手方 杉田一之輔

相手方 申立人 島根孝三

主文

原決定を取り消す。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

よつて按ずるに、本件仮処分申請が如何なる法令上の根拠によつたものであるかは必ずしも明瞭ではないが、仮に右申請が債務者稲葉勝平に対する破産宣告の申立事件の申立人である本件相手方が破産裁判所たる原審に対し、破産法第百五十五条の規定に基く保全処分を求める趣旨であるとすれば、次に述べる理由により本件申請は不適法であるといわなければならない。

即ち、右破産法第百五十五条の規定によれば、裁判所は破産宣告前といえども利害関係人の申立により、或は職権をもつて破産財団に関し仮差押、仮処分その他必要な保全処分を命ずることができるものとしているが、破産宣告前においては破産財団なるものは存在しえないのであるから、ここにいう破産財団とは、破産宣告のあつた場合において破産財団を構成すべき財産を意味し、而も右財産は債務者に属するものに限られ、債務者以外の者に属する財産は包含されないものと解するを相当とする。蓋し、破産の申立があつた場合においては、債務者は或は逃走し、或は又その財産を隠匿、毀棄などして、破産宣告があるまでの間においてその財産を散逸してしまう虞れがあるため、破産法は破産裁判所が破産手続上、破産宣告前において債務者の身上及び財産に対する保全処分を為すことを認め、同法第百五十四条において債務者又はこれに準ずる者の引致又は監守を命じうると共に、同法第百五十五条において前記の如き保全処分を命ずることができるものとしたに外ならないからである。従つて後日破産宣告があつた場合には破産管財人において破産法の規定に従い否認権を行使しうべき場合であり、否認権行使の結果破産財団に属するに至ることのあるべき財産といえども、破産宣告前においてはもとより債務者以外の第三者の所有に属し債務者の財産ではないのであるから、かかる否認権の目的たる権利に対しては同法第百五十五条所定の保全処分はこれをなしえないといわなければならない。しかのみならず、否認権の行使は破産管財人において本案の裁判所に対し訴又は抗弁をもつてこれをなすべきものであることは破産法第七十六条の明定するところであるから、これを本案とする仮処分は民事訴訟法の規定に従い本案の裁判所の管轄に属し、破産裁判所のなしえないところである。然るに否認権の行使を前提としてその目的たる第三者の所有に属する財産に対し、破産法第百五十五条の規定による保全処分をすることを是認するときは、破産裁判所に対し破産宣告前において前記本案たる否認権の存否に対する判断をなさしめることに帰するから、かかる保全処分は到底これを是認しえないものといわなければならない。

要するに、前記破産法第百五十五条は専ら債務者自身の行為に対する規定であつて、債務者以外の第三者に対してはその適用なきものと解すべきである。

飜つて本件についてこれを見るに、本件仮処分物件は、抗告人が合資会社福いねから売買によりその所有権を取得し、現に抗告人の所有名義に登記されているものであることは、本件記録編綴の疏第五号証及び抗告人提出の東京地方裁判所昭和二十六年(ワ)第二五七一号建物所有権移転登記抹消請求事件の判決正本の記載に徴して明かであるから、上来説示するところにより債務者稲葉勝平の権利に属しない本件仮処分物件に対し、破産法第百五十五条の規定による保全処分をなすことは許されないものであり、従つて仮に本件仮処分申請が同条によるものとすれば、右申請は遂に不適法たるを免れない。

若し又相手方の申請にして破産法第百五十五条以外の規定に基くものであるとすれば、原裁判所はよろしく相手方に対し、右申請が如何なる法令上の根拠に基くものであるかの釈明を求めた上、その申請に相応する裁判をなすべきであつた。

されば、この点につき釈明権の行使を怠り、漫然相手方の申請を許容して前記仮処分を命した原決定は不当であるから、これを取り消した上、本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 渡辺葆 判事 牛山要 判事 野本泰)

抗告理由

一、本件仮処分物件は抗告外合資会者福いねの所有なりし処、右会社は昭和二十五年十一月三十日抗告人より三十万円也を弁済期昭和二十六年二月二十日、利息の定めなし、期限後の遅延損害金は百円に付日歩五十銭と言う約束で借受け、其債務を担保する為順位第一番の抵当権を設定し其旨即日登記し、且債務を期限に履行しない時は代物弁済により右不動産の所有権を譲渡すべき請求権保全の仮登記をし、又右弁済期に履行しない時は直に代物弁済に因る所有権の本登記を為す為め登記権利書、印鑑証明、委任状を抗告人に交付した。一方右会社の代表者稲葉勝平は昭和二十五年十月二十八日其個人所有に係るダツトサン乗用車一台を代金十万円で抗告人に売渡し、即日代金を受領し其引渡は同年十一月二十七日と定めた。然るに期日に至り其自動車は第三者に売飛し履行不能にした。

又同年十一月十四日稲葉勝平は抗告人より金三万円を借受け弁済期は一ケ月後とした。又同年十二月十一日抗告人より金十万円を弁済期同月末日として借受けた。然るに個人債務合計二十三万円と右会社の債務三十万円合計五十三万円の支払が出来なかつたので、昭和二十六年一月二十五日右会社は本件不動産の所有権を抗告人に移転し、代表者稲葉勝平は本件家屋より同年三月末日に限り退去明渡し、右五十三万円の代物弁済をする約束が成立し、同日移転登記に必要なる書類一切を受取り、抗告人は昭和二十六年一月二十七日にこれが所有権の登記を受けたもので己に右家屋は竹村某に売り、同人は更に之を林某に売却して同人が営業居住中である。

二、然るに右会社は抗告人が偽造登記をしたとして抗告人を相手取り、東京地方裁判所昭和二十六年(ワ)第二五七一号を以て所有権移転登記抹消の請求をしたが、同年十一月三十日抗告人勝訴の判決を受けたのです。

三、以上の如く抗告人は詐害行為の目的で右会社より登記を受けた事なく、随て稲葉の債権者より仮処分を受くべき理由は全くないので、之が取消を求める為本抗告に及びました。

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